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最高裁判所第一小法廷 平成3年(行ツ)236号 判決

愛知県岡崎市大平町字西上野八〇番地

上告人

李重學

右訴訟代理人弁護士

杉山忠三

愛知県岡崎市明大寺本町一丁目四六番地

被上告人

岡崎税務署長 和田眞

右指定代理人

有田千枝

右当事者間の名古屋高等裁判所平成元年(行コ)第二号所得税更正処分等取消請求事件について、同裁判所が平成三年八月二九日言い渡した判決に対し、上告人から全部破棄を求める旨の上告の申立てがあった。よって、当裁判所は次のとおり判決する

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人杉山忠三の上告理由について

所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程は所論の違法はない。論旨は、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するものにすぎず、採用することができない。

よって、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 大堀誠一 裁判官 橋元四郎平 裁判官 味村治 裁判官 小野幹雄 裁判官 三好達)

(平成三年(行ツ)第二三六号 上告人 李重學)

上告代理人杉山忠三の上告理由

原判決は、一部付加訂正した以外は一審の認定と同様であるとし、上告人が昭和五四年八月二七日訴外矢頭一弓(以下単に「矢頭」という)から受領した額が金三、〇〇〇万円で、この内合計金二、九〇一万円を訴外岡崎信用金庫(以下単に「訴外金庫」という)職員訴外深見実(以下単に「深見」という)に交付した旨認定し、訴状請求原因第一項記載土地(以下単に「本件土地」という)を、上告人が昭和五四年八月二一日訴外松原美治夫婦(以下単に「松原夫婦」という)並びに訴外清水米一(以下単に「清水」という)に売渡したことによって得た代金額が、金三、三〇〇万円であると推認しているが、この推認は以下述べる如く証拠の取捨選択を誤ったことによるものであり、ひいては理由不備もしくは理由齟齬の違法があり、この違法は判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、破棄されるべきである。

第一点

一 一審及び原審における証拠には、昭和五四年八月二七日上告人が矢頭から金三、〇〇〇万円を受領したことを直接認定できるものは存在しない。原判決及び同判決が引用する一審判決によれば、原審が授受された金銭の額を金三、〇〇〇万円と推認した資料は、一審において証人として証言した深見の供述が大部分であるが、深見の証言は次の如きものに過ぎない。

1.当日上告人の指示によって同金庫の手形貸付金の返済として金七〇〇万円、定期預金として金四五五万円、をそれぞれ入金した(右証人第一回尋問調書四丁乃至六丁)。

2.しかし、上告人と矢頭との金銭授受の状況並びに右深見が上告人から金銭を受取った経緯については

「あなたは先程、当日は忙しかったとおっしゃいましたね」

との問に対し

「はい」と答え

「部屋へ出たり入ったりしておったと、こうおっしゃいましたね」

との問に対し

「はい」と答え

「関係者が応接間におる間に、あなたは始めから終までおったわけではないですね」

との問に対し

「そうです」と答え

「あなたは総額でいくらその場で受け渡しされたかということは記憶しておるんですか……」

との問に対し

「記憶ありません」と答え

「総額について記憶がないということになると……そのお金がどこから出てきたかということは分からないわけですね」

との問に対し

「はい」と答えている(右調書一一丁表、裏)。

3.また、上告人から金銭を預かった回数については

「取り次いだ金額については一度に預かったものか、二度に預かったものかについては……記憶ありますか……」

との問に対し

「……七〇〇万円については先にやっております。……それから、後の定期普通預金については、一緒にやっております」と答え(右調書一二丁裏、一三丁表)、上告人から二回に分けて金銭を受取ったと供述している(右調書一四丁裏、一五丁表及び裏)。

以上の証人の供述によれば、深見は上告人と矢頭との間の金銭授受を現認していないことは明らかで、授受された金銭の額を知らず、上告人から二回に分けて金銭を受取り、これをその指示に従って入金したにすぎないこととなる。従って、右証人の供述によって認められる事実からは、当日上告人と矢頭との間で授受された金銭の額を推認することができないことは明らかである。

二 深見の供述によって現実に授受された金銭の額を認定できないとすれば、授受額を金三、〇〇〇万円と推認するためには、上告人が深見に交付した金銭のうち、金一、七四六万円を売買代金の一部と認定することによらざるを得ない。

この点について、原判決の引用する一審判決は、上告人の主張する韓国における土地売却代金の存在を否定し、上告人が当日矢頭から売買残代金を受領した後一旦自宅へ戻り、金一、七四六万円の金銭をもって再び訴外金庫に赴き、深見にこれを交付したようなことはないとし、「結局、本件証拠上は、原告(上告人)が当時前記のような多額の現金を得る原因として、本件土地売買代金の授受以外に考えられない」との理由を述べ、右金一、七四六万円を売買代金の一部と認定し、つじつまを合わせている。

上告人が韓国において所有していた土地の状況及び売買の経過は、一審及び原審において主張、立証が尽くされている筈であり、上告人提出の証拠から、上告人が韓国において不動産売買代金を取得していたことを推認できることは疑いがない。しかるに、原判決は一審判決の判断に付加し、一〇年以上も前の預金証書等が現存していない事実をとらえ、上告人の前記主張を排斥する理由としている(七丁表九行目以下)。かかる原審及び一審の判決は、税務当局の推認を追認するため無理な証拠の取捨選択を行ったことは明らかで、その選択を誤ったものと言わざるを得ない。これに加え、一審判決は前述の如く多額の現金を取得する原因が証拠上認められない限り、右金一、七四六万円は売買代金と考えられる旨判断しているが、この判断はいかにしても納得することができない。右の如き一審の推論を排斥するためには、上告人の資産を開示せざるを得ないこととなって反論することは不可能となるが、とりあえず上告人は市中の金融機関に多額の預金をしていることを原審において主張しておいた。一審判決は金一、七四六万円が多額であるとしているが、多額であるか否かは、各個人の経済生活の規模の大きさによって判断されるべきもので、規模の小さい者にとって多額であっても、規模の大きい者にとっては多額とは言いえないこととなる。従って、このことを度外視し、金一、七四六万円が多額であるとしてこれが本件土地売買代金以外には考えられないとする一審判決の判断は、証拠に基づかないもので理由不備の違法があると言わざるを得ない。

第二点

一 乙第二五乃至二七号証矢頭一弓(以下単に「矢頭」と言う)本人調書写は、名古屋地方裁判所岡崎支部に係属中の上告人を原告、矢頭を被告とする同裁判所平成元年ワ第一三〇号訴訟事件記録中の文書である。被上告人は、この文書について、名古屋法務局長から名古屋地方裁判所岡崎支部長に謄写の申出をし、同支部庶務課係長を解して右写を入手したと述べている(被上告人の平成三年五月一四日付意見書)。

しかし、訴訟記録の保管者は裁判所支部長もしくは庶務課係長ではなく、裁判所書記官である。しかも、訴訟当事者以外の第三者が訴訟記録を謄写するについては、裁判所書記官に利害関係を疎明して許可を得る必要がある(民事訴訟法第一五一条)。

二 ところが、被上告人はかかる訴訟法に定める手続を履践せず、記録の保管者でもない右裁判所支部長もしくは庶務課係長を介して訴訟記録の写を入手している。官公署双互間であれば、かかる手続を履践する必要がない旨の定めが存しない限り、被上告人の前記書証の入手方法が違法であることは疑いがない。

かかる違法な手続によって行政庁が取得した書証は、行政訴訟手続における公正と信頼を図るためには是非排除されなければならないものであり、このような証拠を資料とした前記原判決の認定は、証拠の取捨選択を誤ったもので違法である。

第三点

一 原判決は、乙第二五乃至二七号証によって次の事実を認定し、この事実を一審判決に付加し、本件土地売買代金を金三、三〇〇万円と認定する理由として挙示しているが、この判断は以下述べる如く違法である。

仲介手数料は三、三〇〇万円の三パーセントにあたる九九万円を控訴人が平松に支払う約束となっていたこと、甲第四号証の一の仲介手数料四五万円の記載は、甲第一号証の一、二の裏契約に係る売買契約書の代金合計一五〇〇万円に符号させるため、その三パーセントに当る四五万円を記載したものであることが認められる(六丁表九行目以下)。

本件土地売買には金融業者である愛三商工株式会社の大橋文雄が矢頭に対する資金面で関与し、大橋は矢頭に対し、八月二七日以前に売買残代金を融資し、同日不足していた二〇〇万円の送金分(前認定2(一)(6))を含め合計三〇〇〇万円を貸付け、矢頭はこの三〇〇〇万円を本件売買の残代金として右日時に控訴人に対し支払ったこと、八月二七日当時、矢頭は既に清水及び松原から手付金二〇〇万円を受領しており(前認定2(一)(5))、残代金の支払が確実であると思っていたため、翌八月二八日同人らに対し、所有権移転登記手続を行ったものであることが認められる(九丁裏五行目以下)。

二 乙第二五乃至二七号証本人調書原本の存在する前記訴訟事件は、上告人を原告、矢頭を被告とし、本件土地売買代金三、八三九万五、〇〇〇円から上告人が取得した金一、五〇〇万円を控除した残額金二、三三九万五、〇〇〇円の支払を求める訴訟で、矢頭は仲買ではなく買受人として金三、三〇〇万円で本件土地を買受けた旨の新主張をして応訴している事件である。このことは、本訴訟記録に編綴されている矢頭から補助参加申立書及び添付疎明書類(訴状、答弁書その他の書類)により認められるところである。

乙第二五乃至二七号証によって原判決の認定した右事実は、他にこの認定に副う証拠が全く存在しない。これに加え、矢頭は税務職員からの事情聴取の中で、

(1) 知人の訴外平松重一から本件土地の買主が見付かったとのことで手付金三〇〇万円を受取り、これう上告人に手渡した。

(2) 残金については、右訴外人から受取った金一、二〇〇万円を訴外金庫において上告人に手渡した。

旨乙第二五乃至二七号証の供述に反する供述をしており、このことは乙第一八号証の記載により明らかである。

三 矢頭の右二供述は明らかに矛盾するもので、いずれを信用すべきかは直ちに判断し難い。ところが原判決は、乙第二五乃至二七号証に基づいて前記の二事実を認定し、この事実と対比して「乙第一八号証の前記記載部分は採用でき」ない(八丁表三行目及び四行目)とし、乙第一八号証に記載された矢頭の供述を排斥している。かかる理由も示さない恣意的な証拠の取捨選択が許される出あろうか。矢頭が被告本人として尋問され、その供述が録取された右訴訟事件は、上告人を原告、矢頭を被告とする本件土地売買代金残額の支払を求める訴訟であることは前述のとおりで、かかる訴訟の被告が、保身のため事実に反する供述をすることはごく自然のことであるから、乙第二五乃至二七号証の供述を直ちに信用できないとすることが常識的な判断である。しかるに、原判決は明確なる理由を示すことなく、事実に反する供述であることが明らかな甲第二五乃至二七号証の供述を採用し、事実に副うと思われる乙第一八号証の供述を排斥している。矢頭と共に不動産業を営んでいた訴外鈴木登(以下単に「鈴木」という)は、原審において二回に亘って証言しているが、この証言と対比すれば、乙第二五乃至二七号証に存在する矢頭の供述が鈴木の証言と矛盾し、信用できないことが一層明らかとなる筈で、この鈴木の証言は、後述するように充分信用できるものであることは疑いがない。ところが、原判決は「右認定に反する当審鈴木登の証言は措信できない」とし、これまた明確な理由を付することなくこれを排斥している。

四 かかる理由も付さない原審の証拠の取捨選択が全く恣意的なものであることは、前述したところから明らかである。原審の証拠の取捨選択は、税務当局の課税処分を追認するため、処分理由を認定し得る証拠のみを採用し、これに反する証拠を排斥する作業を行ったに過ぎないと断言しても過言ではなかろう。従って、原審の前記判断は、証拠の取捨選択を誤ったものであり、かつ取捨選択についての理由の説示にかける理由不備の違法がある。

第四点

一 乙第二五乃至二七号証によれば、矢頭は上告人から本件土地を代金三、三〇〇万円にて買受け、これを松原夫婦及び清水に転売して利益を得たとし、上告人と松原夫婦らとの間の売買の仲買をしたものではないと述べていることが認められる。

ところが、矢頭は税務職員からの事情聴取に対し

(1) 上告人から本件土地の買主を探すよう依頼され、知人の訴外平松重一から買主が見付かった旨の報告があり、手付金三〇〇万円が届けられたので、これを上告人に手渡した。

(2) 売買代金の残金一、二〇〇万円については、訴外金庫において上告人に手渡した。

旨述べており(乙第一八号証裁決書七頁及び八頁)、自ら本件土地を買受けた旨の前記供述は、前記訴訟において突然現われたもので、両供述は矛盾している。従って、いずれが真実であるかは慎重に検討されなければならない。

矢頭が上告人方に持参した甲第一号証の一、二の売買契約書には、土地の買主欄に矢頭の氏名等は全く記載されておらず、買主欄には松原夫婦及び清水が買主として記載されていた。しかもこの売買契約書に記載されている不動文字以外の文字は、売主欄及び買主欄を除きすべて矢頭の筆蹟(証人鈴木第一回調書九丁裏以下)であることからすれば、この契約書は矢頭が作成したものであることは間違いない。このように上告人と松原夫婦及び清水との間の売買契約書を作成しながら、矢頭が一転して自ら買受けた旨の矛盾する主張をするにいたった理由は全く分からない。

矢頭は、上告人との間で売買契約書を作成したことがないのはもちろんのこと、松原夫婦及び清水との間でも売買契約書を作成したことのないことを自認している(乙第二六号赤汁五二、六四項、乙第二七号証五一、六一項)。これに加え、矢頭は上告人から本件土地を買受けて売買代金を支払った旨主張するにもかかわらず、上告人からは手付金、残代金支払いの領収証等を作成してもらったことはないとも述べている(乙第二六号証五八項、乙第二七号証五六項)。

このように契約の成立、代金の授受に関する重要な書類が作成されていない事実からすれば、矢頭が上告人から本件土地を買受け、これを転売したとする矢頭の新供述が虚偽であることは疑いがない。上告人は税務訴訟提起に際し、訴訟の内容を説明するために国税不服審判所の裁決書謄本(乙第一八号証)を矢頭に渡した。この裁決は、上告人の本件土地売買代金を金三、三〇〇万円と推計し、審査請求を棄却している。矢頭の本件土地売買代金等に関する供述が変化するようになったのは、右裁決書を手交したころからである。矢頭は、松原夫婦及び清水から取得した金三、八三九万円と、上告人に手渡した金一、五〇〇万円との間の多額の差額金の行方の弁明方法に窮していたはずである。上告人の本件土地売買価格を金三、三〇〇万円と推計した右裁決書を見た矢頭は、弁明に窮していた右差額金の説明に右税務当局の推計を利用しようと考え、推計額金三、三〇〇万円にて自ら本件土地を上告人から買受けた旨主張するにいたったのが真相であることは疑いがない。しかし、税務当局の推計にしても、松原夫婦及び清水が矢頭に支払った金三、八三九万円と、推計額金三、三〇〇万円との差額についての説明を欠き、首尾一貫しないものである。このことは、上告人の原審における平成三年三月二六日付準備書面にて詳述したとおりである。所詮矢頭の新供述は、税務当局の推認を自己の主張として利用したに過ぎないものであるから、証拠の存在しない矛盾をはらんだ供述とならざるを得ない。その最たるものは、供述にそう売買契約書及び代金の領収証の存在しないことである。かかる事実からしても、矢頭が直接上告人より本件土地を買受けた旨の新供述が、虚偽であることは明らかである。

二 矢頭は、昭和五四年八月二七日訴外金庫本店において上告人に金三、〇〇〇万円の金銭を支払ったとも述べるが、同席した鈴木の証言その他の状況からすれば、これまた虚偽であることは疑いがない。

同日訴外金庫本店二階応接室には、上告人、矢頭、鈴木及び司法書士が参集した。矢頭は応接室の机上に持参した現金を並べた。この席には鈴木も始終同席していた。鈴木が現認した額は金一、〇〇〇万円かこれに少し足りない額で、金二〇〇万円が不足するとのことで矢頭は送金手続に奔走した。訴外金庫に送金された金銭は、訴外金庫職員から送金された旨矢頭に口頭で連絡されて書類上で処理され、この金銭を引きだして授受の場の机上に並べたことがないから、当日上告人、矢頭間において授受された金銭は、鈴木が現認した机上のほぼ金一、〇〇〇万円の現金と、送金されて書類上処理された金二〇〇万円の合計額ということとなる。当日金三、〇〇〇万円もの金銭が授受されたことがないことを、始終同席していた鈴木は充分確認している(証人鈴木第一回調書一三丁裏以下、二一丁表、同第二回調書六丁表、二〇丁裏以下)。

以下の各事実からすれば、当日金三、〇〇〇万円もの金銭の授受が行われたことのないことは明らかである。

三 乙第二五乃至二七号証によれば、矢頭は買受人から手付金二〇〇万円を受領したに過ぎないにもかかわらず、金融業訴外愛三商工株式会社大橋文雄(以下単に「大橋」という)から金三、一〇〇万円もの多額の金銭を借受け、昭和五四年八月二七日までの間に合計金三、三〇〇万円を上告人に支払ったこととなる。しかし、この供述は甚だ不自然である。矢頭が転売して代金の支払を受ける松原夫婦及び清水との間では、売買契約書が作成されていなかったのであるから、代金額は確定されていない。しかるに、本件土地については、同月二八日に矢頭を経由することなく直接松原夫婦及び清水に所有権移転登記手続がなされている。従って、松原夫婦及び清水が矢頭に買受代金の支払をしないときには、売買契約書すら存在しない事実からすれば、矢頭は売買代金の支払を求められないばかりではなく、本件土地所有権の帰属すら主張できないこととなる。右乙第二五乃至二七号証の矢頭の供述に従って計算すれば、同人が立替えて上告人に支払った額は合計金三、一〇〇万円となる。このような多額の金銭を失う棄権を冒してまで、矢頭が上告人に金銭を支払うようなことは考えられない。これに加え、矢頭はこの多額の金銭を金融業者である大橋から借受けたと述べているが、常に貸付金の回収に留意し、貸し倒れの防止を図っている金融業者が、売買契約書も存在せず、回収の確実性の保証もない取引に、右のような多額の金銭貸付を行うことは常識では考えられない。

鈴木の不動産業の事務所と大橋の金融業の事務所とは隣接している。上告人と矢頭との間の訴訟事件が始まった後に、矢頭が大橋から金銭を借受て上告人に本件土地代金を支払ったとの話を聞いた鈴木は、このことを隣同士である大橋に確かめたところ、大橋は一、〇〇〇万円程度と手付金を立替えたことはあるが、二、〇〇〇万円とか三、〇〇〇万円とかいうような大金を立替えたことはないと述べていたと鈴木は証言している(証人鈴木第二回調書一九丁表以下)。

かかる事実からすれば、昭和五四年八月二七日訴外金庫本店において、大橋から金三、〇〇〇万円の現金を借受け、これを上告人に支払ったとする乙第二五乃至二七号証の矢頭の供述は、到底信用することができない。

四 矢頭と鈴木とは、豊栄地所という屋号で不動産業(以下単に「豊栄地所」という)を共同で営んでいた。豊栄地所は営業所を鈴木の自宅に置き、代表者を鈴木とし、営業費用及び利益は矢頭と鈴木とで折半していた。利益金は必ず豊栄地所の当座預金に入金し、利益があれば、その場で折半して分けるというようなことはしていなかった(証人鈴木第一回調書一丁裏以下、二二丁裏以下)。

本件土地の売買については、上告人から松原夫婦及び清水に所有権移転登記手続の行われる三ヵ月位前に、矢頭から鈴木に上告人が本件土地を売ってもよいとの意向のようだとの話があった。これに対し、鈴木は売買代金は一坪当り金一万円程度ではないかと矢頭に話していたが、結局一坪当り金一万五、〇〇〇円で売買の仲介をすることとなった。矢頭と鈴木はこの単価で仲介することについて上告人方を訪れ、上告人の承諾を得て手続を勧めた。その後矢頭から売主は一坪当り金三万円でなければ売らない旨の申出があったとの話を聞いたが、鈴木はその真否を上告人に確認していない。上告人との売買代金の授受は、訴外金庫本店において行なわれ、鈴木の現認したところでは、机上に置かれた約金一、〇〇〇万円の現金と送金された金二〇〇万円の合計約金一、二〇〇万円の金銭が授受された。松原夫婦及び清水からの代金の受領は、訴外金庫大池町支店で行なわれ、金三、〇〇〇万円程度の現金が授受され、矢頭がその全額を持ち帰った。鈴木は、売買代金が一坪当り金一万五、〇〇〇円から金三万円になったと矢頭がのべていたので、金一万五、〇〇〇円に相当する分を矢頭が上告人方へ届けたものと思っていた。また、買主からの代金受領の翌日ごろ、矢頭は豊栄地所の当座預金へ約金九〇万円の仲介手数料を納金している(証人鈴木第一回調書四丁表以下、一〇丁表以下、一三丁表以下、一五丁表以下同第二回調書四丁表以下、七丁表以下、一一丁表以下)。

以上の如く、豊栄地所は本件土地売買の仲買をしたに過ぎないが、乙第二五乃至二七号証によれば、矢頭は自ら本件土地を買い受け、これを転売して利益を得た旨供述をしているが、以下の事実と対比すれば該供述は到底信用することができない。

即ち、矢頭は本件土地売買の仲買を行なうにつき、当初から共同経営者である鈴木に話をしていたが、矢頭自ら本件土地を買受けるとか、売買代金を豊栄地所で立替えるとかの話を持ちだしたことは一切ない。また、矢頭から鈴木に対し、豊栄地所で土地を買い取り、売却して儲けようとの話を持ちだしたこともない(証人鈴木第一回調書三丁裏以下等)。回収の保証もない大金を、大橋が矢頭に貸付けたことがないことも前述のとおりである。かかる事実からすれば、本件土地を矢頭自ら買受けたことも、豊栄地所名義で買受けた事実も存しないことは明らかである。鈴木も、前述の如く当初から本件土地については売買の仲介であると認識し、利益を取得したことはない。豊栄地所へ矢頭が納金した金額も、仲介手数料に相当する九〇余万円のみで(同第二回調書一二丁裏以下)、転売による利益金が納金されたようなことはない。なお、矢頭の供述に従えば本件土地売買の仲介をしたのではなく自ら買受けたというのであるから、仲介手数料を豊栄地所に納金する必要もないので、この入金は鈴木を欺いて仲介に見せかけるためのもので、現実に売買当事者が支払ったものでないことも疑いない。従って、矢頭自ら代金三、三〇〇万円にて本件土地を買受け、これを転売したとする矢頭の前記供述が、事実と相違することは疑いがない。

五 してみれば、乙第二五乃至二七号証の矢頭の供述は証拠として採用すべきものではないことが明らかで、むしろ乙第一八号証及び原審における証人鈴木の証言により、本件土地売買代金の額を金一、五〇〇万円と認定すべきである。

従って、これに反する原審の判断は、第三点においても述べたように証拠の取捨選択を誤ったことによるものであり、かつその選択の理由の説示に欠ける理由不備の違法があり、ひいては理由齟齬の報をおかすものである。

結び

以上詳述したが、上告人本人の一審及び原審における供述にはいささかの虚偽りもない。上告人は過去に誤った所得税の申告をした事実があるが、誤った申告は指摘を受けた後直ちに修正申告をして納税している(乙第一一号証の一及び二)。本件についての、上告人の所得税の申告についてはいささかの誤りもないから、正しい判断を得たいと考えて本訴訟において真実を述べてきた。

しかるに、原審及び第一審は、いずれも税務当局の推認に副う証拠のみを採用し、かつ、上告人の供述その他上告人の主張に副う証拠を排斥するについての明確な理由を説示していない。かかる恣意的な証拠の取捨選択は、行政処分の追認のためのものとしか考えられず、処分の是正を求める訴訟当事者である上告人としては到底納得できないし、憲法第三二条に定める裁判を受ける権利を奪うものと言わざるを得ない。

よって、原判決を取消し、さらに相当な裁判を求める次第である。

以上

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